佐藤郁哉・芳賀学・山田真茂留『本を生み出す力 学術出版の組織アイデンティティ』(新曜社)
- 作者: 佐藤郁哉,芳賀学,山田真茂留
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 2011/02/17
- メディア: 単行本
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国立大学の法人化に始まる外部評価制度、成果主義の導入については、現場の研究者からは「評価疲れ」のような表現で不満の声が挙げられてきた。にもかかわらず少子化による学生数の減少や財政改革の必要性という厳しい現実の中ではこれらの不満の声は掻き消されてしまう。そのような中で、きちんとした事例研究に基づく客観的な研究の中で業績評価制度への批判がなされたことは意義のあることである。
本書を読んで気付かされるのは、日本の人文社会系出版界において学術書、研究書の輪郭が非常に曖昧であり、教科書や教養書との線引きが難しいということだ。専門書と一般書の境界線が曖昧で、両者の間に教養書、啓蒙書の領域が存在していることは、しばしば指摘されてきた。その曖昧さは、同一の出版社が高度に専門的な書籍から啓蒙書、一般書、教科書、さらには論壇誌、週刊誌まで出版する、出版社の組織アイデンティティに関わる曖昧さと大きく関係する。出版すべきかどうかの意思決定も査読ではなく、出版社内の意思決定に委ねられてきたわけだが、この部分も外から見ればブラックボックスである。すべて曖昧な状況で動いていたところに、少子化と財政改革という外部要因により改革の声が上から降ってきたというのが昨今の事情であろう。やや皮肉な言い方をすれば、評価の仕組みを作ってこなかったから、現場の状況を無視した外来の査読制度の押しつけを招いたというところであろうか。
学術コミュニケーションの危機を乗り越えるためにはどうすればよいか。明快な解決策が本書で提供されているわけではない。だが、そのための視点は提供されている。それは、ピアレビューや評価システムを学術コミュニティにおいて日常的に実践されている相互批評と相互扶助の最後の総仕上げと位置づける視点である。ピアレビューや評価システムは研究者が同僚の研究者間で行う意見交換や指導する学生への教育活動等の日常的な実践を基礎としているのだから、ピアレビューや評価システムをそれだけ取り出して輸入しても効果はないとの指摘はその通りである。であれば、問題は日本の学術コミュニティに相応しい評価システムの構築が求められているのであろう。そのための示唆になる材料は本書の中で与えられている。ボールは研究者自身に投げられているのである。